【台中生活】台湾在住者が語る台湾の真実

台湾の台中をメインにグルメ、観光地の事などをまったり書いていきます。

台湾会長の命を受けロータリクラブに潜入した話

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読者の皆様はロータリークラブという言葉は聞いた事があるだろうか?お金持ちが集まる場所みたいな漠然としたイメージの方が多いと思いますが、数年前にロータリークラブの集会に潜入した苦い経験談を話して行こうと思います。

 

事のきっかけは私が働いている台湾の会社の会長の友人から日台混合のロータリークラブの日本会員が台湾に来るという情報からだった。これはビジネスチャンスと感じた会長から日本企業と知り合って来いと私に命令が下り計画は発動した。

 

しかしロータリークラブはロータリアンと呼ばれるメンバーの紹介や社会上ステータスがなければ参加は出来ないらしい。私が台湾の他の会社の会長から紹介を受けるというのもおかしいし、無理がある。結果私が会長の義理の息子を演じて会長と2人で参加する事になったのだった。ビジネスの為なら形を選ばないというのは形式に縛られた日本企業と比べると新鮮な感じもしたが不安の方が圧倒的の強かった。

 

そんなこんなで参加する事になったわけだが、ローターリークラブに関しての何の知識も無いので、仕事中にググって下調べをしていた。

1905年、アメリカ・シカゴに最初のクラブが誕生。メンバーはクラブにおいて1業種1人が原則であったが、現在その縛りは緩められている。輪番・回転にちなみ、6本スポークの歯車がシンボルマーク(エンブレム)である。

「国際ロータリー」は世界初の奉仕クラブ団体であり、200以上の国と地域に3万3000近くのクラブを擁し、会員数は120万人以上である。

職業奉仕(会員の職業倫理を高めること)と、そこから広がる社会奉仕と国際親善を目的とする。基本的には「I serve: 私は奉仕する」、クラブとは「奉仕をするクラブ会員であるロータリアン個人の集まり」であり、国際ロータリーはそのクラブの連合体とされているが、個人のみならずクラブ単位や国際ロータリーとしての奉仕プログラムも行われている。ロータリークラブ活動の特色として、各クラブごとに、独自の事務局を持ち自主独立運営が行われ、奉仕活動、寄付行為、会員の交流、友好事業等がなされている。
Wikipediaより引用

 

 よくわからないが、お金持ちや地位の高い人の社交場的なものだろうと解釈した。他のサイトには会費が1年で〇十万とか書いてあるし、コストコ会費の何年分だよと考えてしまう私にはお門違いなのかなと思わざるを得なかった。

 

会場は高級ホテルとの事で、内容としては日台のロータリアンが集まり食事をするという親睦会のようなものらしい。台湾での生活に溶け込んで来たとは言え、さすがに高級ホテルでロータリークラブの親睦会ならバチっとスーツで決めなくてはいけないくらいの考えは残っているので、家に帰ってから1年位来ていないスーツにアイロンをかけて就寝した。

 

当日は仕事後に高級ホテル前で会長と待ち合わせとの約束だった。一旦家に帰り、久々のワイシャツとスーツに腕を通すと気持ちがパリッとした。そんなパリっとした気持ちで中古の100㏄のスクーターに跨り複雑な気持ちで高級ホテルへ向かう。

 

ホテル着いて少ししたら会長もベンツの後部座席から下りて来て合流した。ぞくぞくと台湾のロータリアンが集まるがほとんどが60~80歳位で金持ち臭と成金臭がぷんぷん匂ってくる。うちの会長は私にあの人は〇〇会社の会長であの人は〇〇会社の社長だとか言うが台湾の会社名を言われてもよくわからないので「はえ~、そうですか~」と返事をしてやり過ごした。

 

台湾ロータリアンが集まると、整列して1列に並び日本ロータリアンを待ち構えた。大きな観光バスが到着し、ぞくぞくと日本ロータリアンが下りて来て握手で迎える。一しきり握手会が終わると食事の会場へと向かった。

 

私は社長から名刺交換の命を言い渡されていたので、日本人ロータリアンを見つけては声を掛けいく仕事モードのコミュタリアンに成り切った。日本語で話しかけると相手は驚いて良い反応をしてくれるので楽ではあったが、一人ひとりにうちの会長は義理の父で...と嘘をついていくのはちょっと心が痛んだ。

 

食事会場では決められた席順通りに丸いテーブルに座るが、日台の交流はあまり盛んではなかった。ロータリアンとはいうものの、台湾ロータリアンはおじいちゃんの集団であり英語を話せる人もほとんどいないようで簡単な挨拶などで終わっていく。偉そうにしてるけど片言の英語も話せないってノータリアンですかとは口が裂けても言えなかった。

 

そんな時に目を付けられたのが私であった。外国語に対してはノータリアンでも必要な人材を的確に扱える辺りはオジタリアン社長のなせる業であり、私はさっき初めて会っばかりの老人から急に通訳を命じられた。オジタリアンからしてみれば私は若僧であり使い勝手が良かったのだろうか、他のテーブルにも呼ばれ通訳する事となり、役立っている実感はあったが今回しか来ないだろうしそこまで目立ちたくないという心境でもあった。

 

食事がある程度進むとロータリアン達は次々と立ち上がりおみやげ交換ラッシュが開始された。自社の物なのか買って来たものかはわからないがもはやこれだけでスーツケース満杯だろうというくらいの量にビビる私。そこで気づいたのが皆のおみやげには名刺が付けてあるではないか。今まで必死に名刺交換をして回っていたコミュタリアンだった自分が恥ずかしくなった。更に最悪な事に私はおみあげを渡すなどは知らなかったので手ぶらリアンである。相手からおみやげを頂きお礼を言うがお返しが出来ないという気まずさが半端ない。

 

そんな気まずさをなんとかやり過ごし、会長が私の皿に取り分けてくれていた高級であろう料理を食べる。しかしこの空気感で食べるイカやエビは消しゴムかと思うくらい無味に感じた。

 

食事会はほどなくして終了し、取り合えず名刺交換ミッションはクリアした私はほっと一息をついて会長に挨拶をして帰ろうとした。

しかし会長から一言「明日もあるらしいからよろしく、俺は行かないから」という言葉の暴力が投げかけられたのだった。2日間って聞いてないから...

 

次の日、昨日渡せなかったプレゼントを買い込み、上司と共に車で会場へと向かった。「会長からは今日は上司が替わりに出席するから」と聞かされていたので、会長よりは上司の方がリラックス出来るなと思って少し安心していた。

 

しかし上司は会場に着くと「こうゆう堅苦しい場所嫌いだから、よろしくね」と言い残して去って行った。

数十人分のプレゼントを1人で必死に抱え会場へ向かう私の頭はぐるぐるとロータリーし、もはや何も考える事は出来なかった。

 

 

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